大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和58年(ラ)27号 決定

抗告人 谷本久義

右代理人弁護士 田岡敬造

相手方 大前徹

主文

一、原決定を取消す。

二、相手方の本件不動産引渡命令の申立てを却下する。

三、抗告費用は相手方の負担とする。

理由

(抗告の趣旨及び理由)

本件抗告の趣旨は、主文一・二項と同旨の決定を求める、というのであり、その理由は、別紙(一)、(二)記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一、記録によれば、次の事実が認められる。

1. 原決定別紙目録記載の土地(農地、以下「本件土地」という。)は、もと西森佐太郎の所有であったが、昭和一七年頃右西森から近藤暹に賃貸され、更にその頃右近藤から抗告人に賃貸(転貸)された。その後、本件土地は、昭和二〇年一月五日家督相続により西森金次郎の所有となったが、昭和二三年一二月二日自作農創設特別措置法一六条の規定による売渡により近藤の所有に帰した。抗告人は、右のとおり近藤から賃借して以来、同人に賃料を支払って本件土地の耕作を続け、今日に及んでおり、その間の昭和四十五、六年頃には、改めて近藤との間で本件土地を賃貸借する合意をした。ただ、近藤と抗告人は、本件土地の賃貸借について、旧農地調整法による許可又は承認及び農地法による許可のいずれをも受けていない。しかし、抗告人の長期間にわたる本件土地の耕作について、旧農地委員会や農業委員会などから異論が出た形跡はない。

2. 近藤は、昭和五二年七月、有限会社田村鉱泉所の四国貯蓄信用組合に対する債務を担保するため、本件土地に根抵当権を設定してあったところ、四国貯蓄は、その根抵当権の実行として本件土地の競売を申し立て(原審裁判所昭和五六年(ケ)第七二号事件)、同年一一月一七日本件土地につき競売開始決定がなされ、翌一八日その登記が経由された。右競売事件につき執行官が提出した現況調査報告書及び原審裁判所の作成した物件明細書には、本件土地については抗告人が昭和一七年から賃借権を有しており現に耕作中である旨及び賃料は年一万八七〇〇円となっているが抗告人から賃料減額請求に関する訴えが提起されている旨記載されており(なお、同記載中賃料額を年額としてあるのは月額の誤記と認められ、同記載の訴えは、原審裁判所昭和五七年(ワ)第三八号事件であって、同年五月一七日、近藤は抗告人に対し昭和四二年五月一五日本件土地を含む一一筆の農地について期間の定めのない永小作権の設定契約をしたことを確認し、双方は右農地の小作料が昭和五七年五月一八日以降一か月一万五〇〇〇円に減額されたことを確認する、との条項で訴訟上の和解が成立した。)、また、評価人が提出した評価書にも、右記載の賃借権が存在することを前提とした評価額が記載されている。

3. 右競売事件が進められた結果、昭和五八年三月二二日相手方に対する本件土地の売却許可決定がなされたので、相手方は、同年四月二七日代金を納付し、更に同年六月一七日原審裁判所に抗告人に対する不動産引渡命令の申立てをした。そこで、原審裁判所が抗告人及び近藤を審尋したところ、抗告人は、前記のような本件土地の所有権移転経過及び昭和一七年頃から農夫として雇われて本件土地を耕作していた旨並びに昭和四十五、六年頃近藤から本件土地を小作地として借り受けたが農地法による許可は受けていない旨を述べ、近藤は、前記1とほぼ同旨のこと及び抗告人の本件土地に対する賃借権は競売後も当然継続するものと思っていた旨を述べた。しかるに、原審裁判所は、本件土地は昭和四十五、六年頃近藤から抗告人に賃貸されているが、これにつき農地法三条一項による許可を受けていないから、同条四項の規定によりその効力を生じないものであるとの理由のみで、抗告人は民事執行法八三条一項本文にいわゆる事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者にあたると認め、抗告人に対し本件土地を相手方に引き渡すべき旨を命じる原決定をした。

二、ところで、不動産引渡命令の相手方となる民事執行法八三条一項本文の「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」とは、その文理と同項ただし書の文理を総合して考察すれば、事件の記録に徴し、差押えの効力発生前から売却による所有権移転時(代金納付時)までの間もとの所有者との関係で占有権原を有していない不法占有者及び差押えの効力発生後の不法占有者並びに差押えの効力発生後に占有権原を取得した者を指すものと解せられ、また、同項本文の文理及び不動産引渡命令の制度が相手方を限定して特別に認められた簡易な引渡執行制度であることに鑑みると、差押えの効力発生前から占有している第三者について、事件の記録上右のごとき占有権原の有無が明らかでない(不法占有者であると断定し難い)場合には、その第三者を相手方として不動産引渡命令を発することはできず、占有権原の有無が明らかでない不利益は、不動産引渡命令の申立人に帰せられ、引渡請求訴訟を別途提起するほかないとみるのが相当である。

三、そこで、右の見地から本件をみてみるに、まず、原決定は、抗告人が審尋において昭和四十五、六年頃賃借したが農地法による許可は受けていない旨述べた点のみに着眼し、その点のみが抗告人の本件土地に対する占有権原の有無を判断する資料になるとの前提のもとに、抗告人を不法占有者であると断定しているが、審尋における抗告人の昭和四十五、六年以前の耕作に関する供述はいささかあいまいであるものの、抗告人が審尋において主張を尽すことができたか否か疑問があるうえ、現況調査報告書の記載からすれば、抗告人の主張せんとするところは、結局、昭和一七年頃から本件土地を賃借耕作していた、という点にあることが窺えるので、原決定の判断は、その前提において問題が存し、にわかに納得し難い。そして、とにかく記録からは、抗告人は差押えの効力発生前から本件土地を占有している第三者であることが明白であるうえ、前記のような事実関係が認められるところであって、これから判断すると、遅くとも、近藤が本件土地の所有権を取得した昭和二三年一二月二日の時点では、それまでの経緯に照らし、近藤と抗告人間の本件土地を目的とする賃貸借契約が存在したとみることが可能であり、以来、抗告人は、賃料を近藤に支払って本件土地の耕作を続け、既に約三五年にも及んでいるのであって、その耕作占有が隠秘、強暴であったとは到底思えず、なお、近藤と抗告人は、昭和四十五、六年頃改めて賃貸借の合意をしているが、それは、従前の賃貸借を解消して全く新たになされたものとは限らず、従前の賃貸借を再確認し賃料を改定する趣旨のものとも考えうるので、旧農地調整法による許可又は承認及び農地法による許可を受けていないため右の賃貸借契約に基づく賃借権が有効に存在するとはいえないとしても、抗告人は、民法一六三条、一六二条一項による二〇年の取得時効の完成により、近藤との関係で本件土地について賃借権を時効取得したと認める余地があるというべきである。従って、記録上は、抗告人を近藤との関係での本件土地の不法占有者であると断定することはできず、そのような不法占有者であるかどうかが明らかでないといわざるをえない。

四、それゆえ、本件競売事件について抗告人を相手方とする不動産引渡命令を発することはできないというべきであるから、これを認めた原決定は不当であり、本件抗告は理由がある。

よって、原決定を取り消し、相手方の本件不動産引渡命令の申立てを却下すべく、抗告費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 早井博昭 山脇正道)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例